精神異常と性格異常

病気

最近、常軌を逸した痛ましい事件が増えています。

そこで思い出すのが、1997年(平成9年)に兵庫県で起こった猟奇的殺傷犯「少年A」の治療のことです。

平成14年3月、日本は世界保健機構(WHO)から、精神医療の在り方を改革するよう具体的な施策を勧告されました。
そこで、同年12月に「新障害者プラン」(重点施策実施5ヶ年計画)が策定され、我が国の精神医療改革はようやく具体的に動き始めました。

そのころ、こうした状況を執筆するため、様々な資料を当たっているときに目にしたのが、少年Aの主治医の文献です。

細かいところは失念しましたが、次の内容がとても印象に残りました。
「精神異常と性格異常は別のものであり、精神科医は精神異常の治療者であって、性格異常の治療者ではない。しかしながら世間は、性格異常の治療をどこに依頼して良いか判らないので、結局、精神科医に依頼するしかない」

少年Aの治療ついては、女性の精神科医を「疑似母親」にするなどチームで行われたようですが、少年Aと実母を一緒に治療したと記されていました。

別の資料によると、精神異常者は理由なく他者を傷つけることは無く、無差別殺人のような行動はとらないそうです。

日本における初めての精神保健行政は、明治33年の「精神病者監護法」に始まり、いわゆる座敷牢を中心に精神病者を拘禁するものでした。

昭和25年になって「精神衛生法」が制定され、ようやく座敷牢などの私宅監置は廃止されましたが、精神病患者を治療ではなく保護・収容の対象とする考え方は制度・政策にも尾を引き、国民にも精神病者は危険な存在という偏見を根強く残すことになりました。

近代精神病学の創立者である呉秀三(くれ しゅうぞう)氏は、我が国の精神病患者を「病を受けた不幸のほかに、日本に生まれたという不幸がある」として「二重の不幸」を指摘しています。

少年Aの母親が非常に教育熱心であったことは、よく知られています。

精神科領域も時代とともに様々な意見が交錯し、現在どのような見解が述べられているかわかりませんが、当初の少年Aの主治医のご意見は納得できます。

つまり性格異常というのは、家庭および社会環境、躾け、愛情、自然体験、個人の承認、個性の肯定などで総合的に行われる「人格形成」の過程で、何かが上手くいかず問題が起こってしまったものではないでしょうか。

無差別殺人や子供の虐待など、性格異常に起因すると思われる事件は、今後ますます増えることはあっても減ることは無いであろうというのは、食べ物や自然環境の悪化とともに、取り返しのつかないところまで来ているように感じます。

 

※参考文献:医療制度研修テキスト「精神医療の倫理」

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