桜沢如一氏

健康活動組織, 食養生

食養生の最大組織であるマクロビオティックは、日本の発想・発信でありながら、ヨーロッパからアメリカへと広がり、近年になって逆輸入の形で日本に広まったといわれます。

マクロビオティックの創始者である桜沢如一(さくらざわ ゆきかず)氏は、その先見の明によって、日本以外の先進国から広める方が成功することを感じておられたのではないでしょうか。

桜沢氏は1966年に亡くなられ、もちろん私はお目に掛かったことがありません。しかし、その偉大な人となりは至る所で耳にします。

生前の桜沢氏と親交のあった自然医学の森下博士は、折に触れて様々なエピソードを語っておられました。

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桜沢氏の書斎にはおびただしい数の本が積まれ、毎日30冊読んでいるとおっしゃるので「どのように?」と訊くと、読み終わった本には多くのページに赤で大きく×(バツ)が付いていた。
「これは何ですか?」と伺うと、「知っていることは読む必要がないから、×を付けて飛ばすのだよ」とおっしゃっていた。

あるとき、遺伝子も食事で変わるということを実験したとおっしゃって、「米国人の夫婦に、玄米ご飯と和食で生活をさせ第2子を得たところ、第1子と違って黒髪に黒い瞳の子が産まれた」と言われた。私(森下博士)が「父親が違うのではありませんか?」と問うと、「君、失礼なことを言うんじゃないよ」と笑われた。
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2003年にヒトゲノムの解析が完了し、すべてが解明されるかのように思われた時期がありました。
しかし、その後「実は遺伝子はただの設計図に過ぎず、その設計図は環境で書き換えられる」と、細胞生物学者のブルース・リプトン博士が実験によって証明したのは最近のことです。

その半世紀以上も前に、そうしたことを想定し実験されたというのは驚きを禁じ得ません。

また、今から15年ほど前、桜沢氏の直弟子でマクロビオティックの会長を務めておられた故・勝又靖彦氏と雑談をさせていただく機会があり、次のようなエピソードを話してくださいました。

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あるとき結婚式に呼ばれ、桜沢先生と一緒に弟子たちも出席した。
ホテルの披露宴ではフランス料理のフルコースが出され、私たち弟子は皆、怖くて誰も手を出せずにじっとしていると、先生は平気でパクパクと召し上がり、弟子たちの顔を見渡してニヤリとなさった。

あとで「先生、なぜですか?」と訊いたら、「君たち、ココだよ」と言って胸に手を当てられたのです。
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それを伺ったとき、「精神が総てを支配する」という私の結論は間違っていないかも・・と安堵したのを憶えています。

一方で、それまで「マクロビオティックを真剣に行うと、半数の人は病気になる」と聞いており、私の周りでも、体調不良でマクロビを始め最初の1ヶ月は調子が良くなって喜んだ人も、3ヶ月目くらいになると不調を訴える人が散見されておりました。

その理由を、内容を厳格に決められて精神的に縛られるのではないだろうか、と思っていたのですが、桜沢氏は食事の厳格さより精神面が最も重要だということを熟知しておられたのだと知りました。

心筋梗塞で亡くなられたとのことですから、恐らく苦しむことなく天国に行かれたのだと思います。

桜沢氏の場合、血液がドロドロしたり血管内にヘドロが付着するとは考えにくいので、老化やストレスによる血管壁のトラブル(動脈硬化)だったのでしょうか?

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