玄米について- 2

自然医学, 食品, 食養生

<日本人の食性>

日本人のルーツとされる縄文人は、東ユーラシア(東アジアと東南アジア)の人々と遺伝的に大きく異なる集団であることが、近年の研究で明らかになってきました。

20万年前にアフリカで誕生したヒト(ホモ・サピエンス)が世界各地へ広がって行ったとき、縄文人は東アジア人の共通祖先から早い時期に分岐し、孤立して独自の進化をとげた集団であったようです。つまり、他のアジア人よりも、よりアフリカのヒト共通祖先に近いということです。

縄文時代の主食は木の実だったといわれ、蕎麦も存在していたことが判っています。タンパク源は350種類以上もの貝のほか、魚類、食用動物・鳥類で、調味料の魚醤や果実酒も当時からあったとされています。

縄文時代末期に米が伝わり、弥生時代には稲作が広まって、主食が米、麦、粟、稗など雑穀になりました。

奈良時代になって精米技術が発達したものの、庶民の主食は玄米で、それはずっと文明開化まで続き、なんと2,000年以上も日本人の主食は玄米が続いていたことになります。

例外的に、江戸時代の江戸庶民だけは白米が食べられるようになり、それまでは貴族の病気とされた「脚気」が庶民にも流行し、地方に戻ると治ることから「江戸わずらい」と呼ばれたそうです。

縄文時代には狩りも行われたようですが、飛鳥時代(675年)に「肉食禁止令」が天武天皇によって出され、こちらも文明開化まで約1,200年ものあいだ続きます。

日本で度々発令された肉食禁止令は、主に「家畜を常食してはいけない」というもので、「時に、狩猟で手に入ったものは食べて良い」とし、森下自然医学でいう「趣味的に食べても良いが、ベースにしてはいけない」というのと似ています。

日本人には、「玄米の顔」というのがあります。昔の武士の顔がそうですが、彼らは大量の玄米を食べていました。よく嚙むために顎が張り、贅肉の無い精悍な顔で、「ガンの患者学研究所」の川竹文夫氏やマクロビオティック会長の故・勝又康彦氏の顔です。

自然医学では、病気でなければ副食も豊富なので、「玄米の顔」ではないと思うのですが、顎は張ります。
顎の張った顔は我慢強いといわれ、こうした食生活が日本人気質と体質を創り上げたと考えられます。

血液検査データを見れば、その方のおおよその食事傾向が判りますが、食事療法で玄米採食をなさる方は、血中のタンパク質が低めで、尿酸値は著しく低く、赤血球数も少なめです。

赤血球は数よりも質を上げることのほうが重要で、患者さんの血液を位相差顕微鏡を用いてライヴで観ていると、良い赤血球がどういうものか解る気がします。

私も血中タンパク質は低めですが、ここ数年、自分で食事を作ることがなくなり、毎日の副菜がずいぶん増えたように思うのですが、血液傾向が変わらないのは不思議で、ポイントだけ押さえれば変わらないのだろうか・・? と観察中です。

私の赤血球数は、食事療法中の患者さんよりは多めだと思いますが、自然医食で多血になることは決してありません。顕微鏡で観て、張りのある赤血球が他とくっ付かず、スルスルと流れていれば数は問題に致しません。

先日、アスリートの方から「筋肉はすべてが機能しているとは限らず、筋肉量が増えなくても、機能の高まる範囲が増えることは考えられる」と教わり、生物というのは恐らくそういうものなのだろうと思います。

 

※参考文献:「ほすぴ」予防医学学術刊行物175号

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